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　かの江戸城、無血開城の功労者、勝海舟は大変な勉強家でも知られています。長崎で外国の軍艦に乗り組み、実地に学び、西洋の兵学の必要性を痛感し、江戸へ戻ってきました。ある日、書店で新しい兵学の洋書が目にとまりました。砂中に宝石を発見したように喜んだ彼は、その代価を尋ねると五十両とのこと。海舟にとっては大金です。しかし、この書を逃しては航海者に灯台の無いのと同じことだと思った海舟は、八方工面してお金をそろえて書店へ駆けつけました。ところがなんと、「昨日売れてしまった」と店主。一度は落胆したものの、その買主が四谷大番町の何某であると分かると、その主を訪ねて「ぜひお譲りください」と懇願しました。しかし、「譲るくらいなら買いはせぬ」とすげない返事。 ならば「毎日参上するから、ぜひ書写させて欲しい」と両手をついて頼み込んだそうです。うるさい奴と思ったものの、あまりの熱意に動かされて、「夜の１２時以後ならばよいだろう」と、しぶしぶ承諾してくれました。それから2年余りの歳月をかけ、豪雨も暴風の夜も寒中も、毎日８キロの道を通い続け、８冊の大部を写し終わりました。初めは面倒な奴だと思っていた主人も、月日を重ねるにつれて、倦まずたゆまぬ海舟の不屈の精神に感服し、「手元にありながら、未だ読み切れていないこのような書籍を、我々ごとき凡眼の元に置くのは勿体ない、貴殿に贈呈したい」と申し出たとか。しかし、すでに写了させていただいたのだからと、深くご芳志に感謝し、海舟はこの申し出を辞退したそうです。

　世の中にはできることと、できないことがある。しかし、やってみない人には、そのどちらも分からない。真剣に取り組んでみてこそ、 できることも分かるし、できないことも分かる。「できることをできないと思い込むのは懈怠（けたい＝なまけること）だが、できぬことをできぬと諦観するのは賢明だ」と、先の老僧は医者に教えたそうです。そう、一生懸命やってみて、できなければ、できぬと素直に認め、ならばできることを探し、自分らしくやったら…それはそれで何かのかたちにはなるはずです。 しかし、どうしてか世の親は、我が子のこととなると、鳶が鷹を生むはずもないのに、できないことまでやらそうとするその重圧にまだまだ無防備で未完成な柔らかい子どもの心身は壊れてしまう。やがて異常な行動で親に反発する。できることも、できないこともその子の個性。でもその子にしかできないものが必ずあるはずです。それが何なのか、他の誰にも分からなくても、少なくとも、親なればこそ見つけてやれるのではないでしょうか。